震災と神

日本人の「神」の概念とはどう言うものだろう?と
割と頻繁に考えます。

3年前の震災で被害に遭われた方々が「神」と言う言葉を
出さない事に、私は少なからず驚きました。
(すいません。。。海外が長いので少し観点が違います)

西洋的な考えでは、こじつけでもこの未曾有の危機を
被害者が乗り越える力や勇気が神のお力、つまり愛だと
なるのですが、日本人はそう言う事を言わないですね。

西洋人の考え方はこう言う理屈になります。
まず、災害や不幸は神が起こしたものでは無いというのが
前提です。ひどい不幸が起こると彼らはその昔、自分より
もっと悲惨で壮絶な痛みを経験した人物がいた。
その不幸に値する一切の罪を犯していないにも関わらず
今の私の苦しみの何百倍もの痛みを受けられた。
その方に比べたら。。。。しかもそのお方は私たち全員の
罪を背負って十字架に掛けられた。
そう、キリストです。

このストーリーがあるから彼らは救われ、自分の不幸を
直視出来る。もっと言ってしまえば割合、あっさりと驚くほど
早く、立ち直ってしまう。
(これは犯した罪に関しても同じ解釈となります)

つまり「新約聖書」とはどの角度から突かれても、一応説明が
付くと言う前代未聞の優れたストーリーなのです。

天災や不幸は西洋人も日本人にも降り掛かって来る。
これは変えれません。問題はその後の処方箋です。

では逆に日本で震災に対して「神のバカヤロー!」
「役立たずの神様!」と叫んでいた方はおられませんでした。
(少なくとも私はニュースを見ながらそう叫んでました)

これはなんでしょうね?
日本人はどのように神を捉えているのでしょうか?

神戸の震災の時に、一人の小学生が「神様が憎い」と作文した
と何処かで読んだ事があります。

誰かが何処かで書いていました。これほどまでに災害の多い国、
日本だから、キリスト教は定着しなかったと。
と言う事はキリストの力も「仏の顔も三度まで」と言う事になる。
今のところ、頷ける理論ではある。

「神の国、日本」の神は日本人の心の中でどう言う概念であり
続けるのだろう。

「神は時々、暴れる」、こんな言葉で納得出来ないはずである。

この概念、強引でも確立しないと日本人はやがて折れちゃう気が
するのは私だけでしょうか。。。

しかし、聞こえて来そうです。
私を知る人々の声が。。。。

「お前みたいに好き気まま生きてる奴が、被災者や神に付いて
語るな!!一昨日来やがれ!!」

ごもっとも。










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